2023年1月21日、東京・ベルサール高田馬場で行われた壮麗亜美対桜井まいのフューチャー選手権には、隠れたドラマがあった。対戦前の記者会見で桜井は「私は2月11日でデビュー3周年を迎えます。このフューチャーのベルトは、3年未満と期限が決まっています。私はスターダムに初めて参戦した日に、このフューチャーベルトに挑戦しました。あの日から悔しい思いをして、ずっとずっとこのベルトがほしいと思っていました。もうこれが挑戦できる最後のチャンス。もちろんアナタが強いのは、すごく承知してます。前の団体からずっと一緒で同期だった。でも、いつも私より先に行ってしまうアナタがすごく悔しかった、ずっと悔しかった」と想いを語った。壮麗は「彼女が、あんな風に思っていたとは知らなかった」と振り返る。今回の桜井の挑戦は、キャリア制限で23年2月に資格がなくなるため、最後のチャンス。壮麗にとっては、かつて、同じ団体に所属していて同年デビュー。半年先輩にあたる。今や、この差もお互い関係ない状態にまで、レベルアップしており、いわゆる同期対決としてはちょうど良いタイミングだった。
2021年8月、桜井のスターダム参戦時は、「解雇」騒動もあり心も痛めていた時期だった。参戦時には、コズミック・エンジェルズのユニットに組み込まれていたが、中野たむからリング上で問われた時も「ジュリアに憧れていた」と吐露する場面もあった。2019年に大阪で見た安納サオリvsジュリアのAWG戦を見て憧れたという。スターダム入りを決めた理由の一つも「ジュリアがいるから」だった。しかし、最初に組み入れられたのは、中野たむ率いるコズミック・エンジェルズ。中野も元を辿れば、桜井と同じ団体でプロレス・デビューした経緯もある。コスチュームを真っ赤にした時、「本当は黒の方が好き。ヒールっぽい方が、私自身のリアルに近いんです」とも語っていた。その後、22年2月にジュリアのユニット、ドンナ・デル・モンド(DDM)に籍を移し、コスチュームも黒をベースにしたカラーに変えた。
桜井が、前団体を辞めた時、団体からは「解雇」という発表がされた。しかし、実際には、雇用契約はなく法的な縛りはない状態だった。ただ、この発表により、一部のファンから心ない批判を受けていたのも事実。本人は口にはしないが、相当辛い思いをしてきたはず。今となっては、事実関係が明らかになってきて、状況は大きく変化しているが。この騒動、そもそもの発端は、前団体が2021年12月にプロレス廃業を決め、団体に残る場合はプロレスを引退しないといけないと言われたこと。プロレスを引退して団体に残るか、団体を辞めて、フリーになるか他の団体に所属するかを選ばなければいけない。言われた瞬間、目の前が真っ暗になった。せっかくプロレスラーになって、チャンスを広げたいと思っていたのに、「引退」とは。団体を辞めるという気持ちはなかったが、プロレス引退という選択肢はなかったという桜井。廃業まで団体に残ることも考えたが、残り半年以上の時間は、年齢的にも貴重なもの。そこまで待ってられない桜井は、行き先を探り、スターダムにたどり着いた。
この「移籍」騒動、ジュリアがスターダムに登場した際にも巻き起こった。選手の移籍に関しては、さまざまな見方がある。団体を運営する側からすると引き抜かれたという意識になる。将来回収できるかどうかわからない中、練習させてデビューさせるまでには、お金や労力がかかるからだ。しかし、当の本人からすると、転職活動の一貫。一般社会では当たり前の行為。デビューさせてもらった恩義はあるものの、活動していく中で、色々な想いが生まれてくる。「このままここにいて良いのだろうか?」「将来どうなるんだろう?」「今のままでは生活できない」等々。実際、ジュリアがスターダムに移籍した頃、本人の表情は、疲れ切った状態で、肌艶も荒れていた。正式入団からしばらくして、ようやく落ち着いた表情に変わっていった。桜井が経験した誹謗中傷と似たような経験をジュリアもしてきているのだ。だからこそ、桜井の気持ちがわかり、アドバイスもできる。
桜井はスターダム参戦後、所属していた芸能事務所も辞めてプロレスに専念することを決意。初戦でウナギ・サヤカのフューチャー王座に挑戦、「スターダム・チャレンジ」と題する10番勝負も経験した。表情も次第に晴れやかになっていき、試合内容のレベルも上げていった。桜井は「ユニット移動が大きなきっかけ。いろんな意見があって、特にアンチの声もあったんですけど。その声があったから、負けたくないという強い気持ちでやってこれた。その声がなかったら、甘えというか、なあなあな感じで来てしまったかもしれない。楽しい時もあるし、苦しい時もある。お客さんには、そういう姿を見せてないので。この人、何も感じない人なのかなと思われてるかもしれない。感情は見せないので。意外と、裏ではめっちゃ泣いてたりとかあるんですけど。思い出して泣きそうです… 普段は辛いことばっかりです。でもプライベートは好きなことをやったり、友達と会ったりして、そこで自分の負の感情は捨ててリフレッシュして試合に臨む。練習に取り組む。でも、友達と会って忘れる。アンチとか厳しい目があるから、努力しなきゃというのがあったので、自分が変われたと思います。ジュリアは、私が思い悩んでるのをなんとなく察知してくれて、チャレンジマッチの時も闘ってくださっていて、その頃から、私のことを見てくれていた。ジュリアが欠場している時も、見てたよと言われたりとか。この人に対角にいたいから、一緒に組んでみたいと思って、ユニット変わって、いつも支えてもらってます。セコンドについてくれてアドバイスくれたり。NEW BLOODでもジュリアは出てないんですけど。配信で見てくれたり、LINEで連絡くれて。ここよかったよとか、細かく指摘してくださいます。愛のある優しい先輩。また、元同僚のひめかもよくLINEをくれます。新技良かったよ、お誕生日おめでとうとか、ご飯連れて行ってもらったりもしています。遠征の時は舞華の部屋で朝まで飲んだり、最近休みの日はテクラと一緒にスパーリングしに行ったりしています。DDMってお客さんに見えてない時の方がコミュニケーションを取ってる気がします(笑) そういう意味でもDDMに来てよかったなと思う。自分ではそういうつもりはないんですけど、クールっぽいというか、わいわいしてるイメージでは見られないので。自分が本来持ってる特質を活かしたちょっとヒール寄りのスタイルも好きなので。今の方が合ってるなと思います」と話す。小川PDは「アグレッシブになってきて頑張ってると思う。一見、地味な感じがするので、これを、どう変えていくか。もっと振り切ってもいいと思う。ジュリアの2番手にならないように、桜井が一番に出てこないといけない」と評価する。
桜井は最後のフューチャー王座戦後「最後、獲って卒業したかったんですが、壮麗は強かった。でも、もっとステップアップしたときに、また闘う時にはリベンジを果たしたいなと思ってます。私はライバルだと思ってるので。成長はしてると思うので自信を持って、次に生かしたいと思ってます。お客さんにも言われるんですけど、ベルトだけじゃなくて、自分の過程を見て、応援してもらえたらなという選手になりたいので」とこの先を見ていた。「これまで、一回も試合で満足したことがなくて。普段練習していることを試合で出せるように意識してるんですが、試合になると力が入り過ぎてしまい精度が低い時もある。ジュリアは、本当に厳しい練習をしてくださるんですけど。まだまだ、自分は、試合で出しきれてないなと思います。みなさん、DDMに来て変わったねと言ってくださるんですが、結果が出せてないので、今年はジュリアとベルトを獲りたいです!」
対する壮麗は、桜井のデビューから半年遅れてデビュー。スターダムにも、約8カ月遅れて22年4月から参戦した。壮麗の場合は、前団体がプロレス活動を終了するタイミングで、退団。怪我で欠場中だったこともあり、怪我が回復してからの「移籍」となった。小川PD自らがリングネームを命名。その期待通り、2022年10月にフューチャー王座戴冠。小川PDが黄金世代と評する、林下詩美、上谷沙耶、ひめか、らとともに未来のスターダムを担う存在として期待されている。
壮麗は桜井とのタイトル戦後「同期というのは意識はしてるけど、アクトレスでデビューしてからは、自分はいろんな団体に出させていただいて、彼女の倍以上の試合をしていたので。スターダムに来た時も、もっともっと上を見てましたね。会見の時に、桜井の本音を聞いて、そんなこと思ってたんだと。同期ではあったけど、1回しか試合したこともなかったし。今日、闘ったらアクトレスの時とは全然違っていて、闘う姿勢が見える。私がここで一番になってやるというのを感じた。変わった彼女とシングルできて、このタイミングでできてよかったかな。これを逃すと、フューチャーを掛けての試合は一生できない。先輩たちもフューチャーのベルトを取れていない人の方が多いから。そういうベルトを自分が今巻いていて、それを同期と試合できるのはいいなと思います」と振り返った。ベルトを巻いて3カ月、「いろんなことを言われるし。お前にはいらないとか散々言われたし。でも私は、このベルトを巻くことは意味があることだと思うので。スターダムはいろんなベルトがあるけど、このベルトはいつでも挑戦できるわけではないから。このベルトを巻いたことで、若手の中から一番になって。スターダムの新世代を牽引するという気持ちは強くなりました。私が先頭に立って。黄金世代と言われている林下とか上谷のところに、みんなを連れていくという気持ちは芽生えましたね。ベルトを持ってからの方が、写真の顔が輝いてる気がします。自信がついたのかな」
小川PDは「大きくてエース候補なんだけど、ちょっとモッサリしてるところがあるので。機敏にならないと。持ってるものはすごいあると思う。この前、名古屋で上谷とやった試合も、将来、この二人がトップを争えばいいなと思って見てたから。でも、まだまだモサイんですよ。試合が落ち着いちゃってるから、もっともっと攻撃的にならないと。まだ構えるキャリアじゃない」と期待を語った。
壮麗も、2023年8月でフューチャー王座の資格を失う。期限が限られてる中で、羽南の持つ10度防衛記録を越えられるか聞いてみると「防衛戦はいつでもやりたい。フューチャーのベルトを持ちながらも他のベルトにも挑戦したいんですよ。でも他のベルトに挑戦すると防衛戦ができない。と普通はなるじゃないですか。だから、私は、1日2試合組まれてもいいんです。防衛戦でやりたい相手、一番最初に噛み付いてきてくれた吏南、同期の月山、レディCはやりたいですね。あとはゴッズアイのななみとか。吏南にはベルトのことを思ってるのを一番感じるから。今まで、ちゃんと噛み付いてきたのは、吏南ぐらいしかいなくて。巻きたいと思ってる人とやりたいです。あと今日、第1試合だった。フューチャーでもメインをはれるようになりたいと思いました。NEW BLOODではメインもあるけど、本戦とかでもメインを任せられるようになりたい。羽南は、若いキラキラ。みんなが思い浮かべる王者像。私は、そうはなれないので。このベルトは、若手らしくとか、若手ならではの試合ができたらとは思うけど、赤とか白とかに劣らないような試合ができるようにしたい。そのためには、私が、プロレスをもっと上手くなること。先輩と試合すると、先輩が引っ張って良さを引き出してくれる。自分も、相手の良さを引き出して引き出して、最後に勝って。相手の選手を引っ張っていけるような選手になりたい。上手くなります!」
タイムリミットのあるフューチャー王座を掛けた二人の闘いは今回が最後だが、また、異なる次元での対決が見られることは間違いない。その時に、どんな闘いを見せてくれるか楽しみである。
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